DATE 2008.11.29 NO .
魔導船の中は、静かだ。
全部終わって、あとは帰るだけで、もの思いに耽ってみたりして、
……それ以前に、疲れ果てているのもある。
「おめーは、これからどうするんだ?」
「……幻界に帰るよ。ミストにはもう、わたしの居場所はないだろうから」
そんな事はない。
ただそれだけの言葉も掛けてやれない。
優しいふりをして、ひどく残酷な言葉なのかもしれないが。
俺には民がいる。国がある。
責任が、待っている。
(俺が居場所をつくってやるから――)
その一言は、やはり、俺の我儘でしかないのか……?
「エッジは、エブラーナに帰るんだよね」
「ったりめーだろ、帰らなくてどーすんだ」
飛翔のクリスタル、とやらの光が眩しい。
「こんな王子様でもよ、待ってくれてる奴らがいるわけよ。……お前だって、待たれてるだろ? 幻界の皆、お前の事慕ってたじゃねーか」
「……うん、そうだね。わたし、幻獣と人の架け橋になれるように頑張るよ」
エブラーナからは遠い、文字通りの別世界。
「リディア」といとしげに名前を紡ぐ彼らの姿を思い出しながら、俺は辛うじていつも通りの笑顔をつくった。
「――その意気だ」
「そういやさ。お前に俺の名前、まだ教えてなかったよな」
別れを意識した時、ふと思い出したのが、自分の名前の事だった。
「え? ……『エッジ』じゃないの?」
この仲間達に、本名を名乗った事はない。
バロンの三人辺りは、「知識」として知っているのかもしれないが。
思った通り、こいつは「知らない」。
「ちげーよ。『エッジ』は、本名を名乗れない時とかに使ってだな……まぁ、最近は旅してたわけだからそっちでしか呼ばれねぇし、俺も結構気に入ってるし、どこから聞いてきたのかしまいにゃ親父やお袋までそう呼びだしてたから、本名みたいになってっけどよ」
「……本名を名乗れない時って、どんな時?」
「お前、実はわかってて突っ込んでねぇ?」
大きな瞳が見上げてくる。
一体いつからこの純粋さに惹かれるようになったんだったか。
「……? で、本当は何て言うの、王子様」
カインと同じ、からかうような響きで届く「王子様」の呼び名。
俺の「王子様」たる名前を、ちゃんと伝えておこう。
「エドワード」
親父とお袋からもらった、この、名前を。
「エドワード=ジェラルダイン、だ」
今日は26年の人生の中で、この名に一番もの想う日だ。
「えっと……それでどうやって『エッジ』になるの?」
愛称にはちょっと無理があるよねぇ……とぶつぶつ呟くリディアを見ていると、身体にのしかかる疲れも忘れて、無意識の内に頬が緩む。
「つづりだよ。で、名前と家名の最初の二文字を足すんだ」
一拍おいて、
「――あ、ほんとだ! ちゃんと『エッジ』になった!」
リディアにまた名前を呼ばれる。
あと何回、この声でこの名を聞けるだろうか。
「でも、どうして今教えてくれるの? セシル達にもちゃんと教えた?」
「あいつらなら、教えなくてもいいんだよ」
「何で?」
(――お前が、「特別」だからだよ)
「あのさ、俺一応王子様なんだぜ? ちょっと調べりゃわかる事だし、これからエブラーナが他国ともっと付き合うようになりゃ、その内誰でも知ってる名前になるさ」
「……また子供扱いした」
子供扱いにむくれるリディアの表情も、いつか想い出の中だけの存在になるだろうか。
「お前には、今、『エッジ』も『エドワード』も知ってて欲しいんだよ」
俺は、前向きにこいつを忘れる事が出来るだろうか。
「エッジ……じゃなかった、エ――」
「ちょい待ち」
リディアが本名を口にしようとするのを、俺は咄嗟に手で制する。
「どうしたの?」
「その名前は、今度会った時に使ってやってくれよ」
「今度……?」
リディアの表情が一瞬、憂いを帯びる。
「なーに、再会なんてまたすぐに出来るさ。例えばセシルとローザの事考えてみろ? とりあえず結婚するのは間違いねーだろ。バロンの次期国王が誰になるかはわかんねーけど、戴冠式もある。ダムシアンもやるはずだな」
「……そうだね」
「あと忘れちゃいけねーのが俺の、な。……どうだ? 会う機会なんて、いくらでもあるだろ?」
「うん。また……会える」
「そうそう、じゃあ――俺の戴冠式だ。会いに来て、一度でいいから呼んでみてくれよな」
その名前も、もう呼ばれる事はあまりない。
お前は、どんな風に呼んでくれるんだろうな。
「わかった。忘れなかったらね」
「おま……っ、この流れをそうやって締めるのかよ!」
あまりに幼稚な、再会の約束だ――
≪あとがき≫
心情は御館様で言葉は若様、を目指してみました。
TAでは四人衆だけでなく広くお子様にまで使われてるみたいですがね、通称。
…ところで、
文章ってどうやったら甘くなるんですか……orz
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